怖い話「アナザーアラビアンナイト」千夜一夜

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horror

時を超える記憶の旅

ゆっくりと

ゆっくりと瞼を開ける

天空には

静かに光る無数の星々と

赤白い上弦じょうげんの月

見渡す限り どこまでも続く砂の丘

時折吹くゆるい風が細かい砂を運んでいく

男は顔に巻き付けた

スカーフの砂を軽く手で払った

またこの夜だ・・・

何度この夜に来ただろう

身にまとったトーブはあちこち破け

元は白だったろう生地はひどく汚れている

トーブの裾を引きずりながら

男はゆっくりと立ち上がり

いつもの様に夜の砂漠を歩きだす

フラフラと歩き

周囲にポツポツと散らばっている

骨の残骸を拾い集める・・

毎夜 残骸を集めながら

頭に響いてくるのは一人の女性の名前

ナターシャ」 

口の中で小さく名前を呟く

ナターシャ・・

誰なんだ 男にはわからない

わからないがいつも頭に響く名前

その知らない女性ナターシャの事を思うと

いつの間にか歩きだし

繰り返す夜の砂漠で 

骨の残骸を拾い集めている 

男はゆっくりと瞼を開けた

見上げた天空には

静かに光る無数の星々と

赤白い上弦の月

見渡す限り どこまでも続く砂の丘

時折ゆるく吹く風が

細かい砂を運んでいく

私はいつからこの夜を繰り返しているのだろう

10年・・ いや100年・・

もっとはるか昔からかもしれないが

わからない

自分の名前さえ忘れてしまった

もういいだろう・・・

男は汚れやつれた顔で夜空を見上げる

もういいかな?

知らない人ナターシャよ・・

心臓はとうの昔に止まっているが

おそらくこれで行けるだろう

そうつぶやくと

男は腰にさした短剣を静かに引き抜いた

誰かわからないがいつも頭に響くナターシャよ

許しておくれ

男が喉元に短剣を構え

静かに目を閉じようとした時

薄く光る鱗粉りんぷんを撒きながら

ヒラヒラとヒラヒラと

小さな蝶がまとわりつく

紫色をしたとても綺麗な蝶だ

その蝶が男の額にふわりと止まる

その瞬間男の体がびくっと震えた

そして赤錆びた記憶の扉の鍵が

ガシャリと音をたて外れる

頭の中で 無数のシャボン玉がぶつかり合い

音を立て次々と弾けていく

あぁぁ ナターシャ

思い出したよ あぁ思い出した

限界まで見開かれた目

振るえる体・・ 

はるか昔 私が愛した人 私の妻

見上げると 満点の夜空から

地上にむかい一筋の光

その光の筋に乗って 

星の瞬く天空よりゆっくりと

ゆっくりと降りてくるもの

それは真っ白な頭蓋骨

光のエレベーターに乗り

頭蓋骨が夜空から ごくゆっくりと降りてくる

男はふらつく足をひきずりながら 

光の筋のたもとへ行き それを迎え入れた

やがてその頭蓋骨は

広げた男の腕の中に静かに収まる

両手で包み込んだ頭蓋骨

そのポッカリ空いた目から

蝶がふわりと入り込み

中からやわらかな光を放つ

男は泣いていた 

やっと会えた

幾千もの夜を繰り返し

幾千もの夜に残骸を拾い集め

やっと会えたな ナターシャよ

待たしてすまなかった 

嗚咽おえつに混ざった声で男が語りかける

はるか昔の情景が蘇る

「お帰り」という妻の笑顔

花を摘んでいる横顔

風にそよぐ髪の香り 

温かい記憶の温度

男はその頭蓋骨をいつまでも

優しく抱きしめ続ける

いつまでも・・

いつまでも・・

その姿を

静かに光る無数の星々と

赤白い上弦じょうげんの月だけが

静かに見守っていたのであった

東京 千代田区のアパートの一室

男の名前は 佐野啓二62歳 独身です

20年程前からこのアパートに住んでいて

大家さんによると

あまり人付き合いも無かった様です

珍しく家賃を滞納したのを大家さんが心配に思い

佐野の部屋を訪ねたところ

部屋の真ん中あたりで

亡くなっているのを発見したそうです

死因はままだわかりません

座り込んだ姿勢で

何かを抱え込むように亡くなっているのも不明で

まだなんとも言えません

若い刑事が横でしゃがんで

遺体を調べているベテラン刑事に報告する

おぃ なんか床になんか散らばっているぞ

若い刑事もしゃがみ込み床を見る

・・・ですかね

それもえらく粒子の細かい・・

それと遺体の膝元で死んでいるのはー えー

・・・ ですね

細かい砂と蝶ねぇ

ベテラン刑事がつぶやく

それにしてもよぅ

なんですか

この仏さんの顔見てみろよ

若い刑事が顔を覗き込む

なんともよ~

幸せそうな顔してるじゃねーか

ほんとですね

会えたんじゃねいですか

誰とだ

ん~ わからないですけど

なんだそりぁ さていったん署にもどるぞ!

はぃ

あとがき

この作品は私が18歳ぐらいからずっと頭の片隅にあった情景・イメージみたいなものをただただ吐き出したい衝動にかられ書かせていただきました 

この作品に登場する男と女が遥か昔 どのような暮らしをしていたのか また何故 離ればなれにならなければいけなかったのか 男の最後の時はどのようなものだったのか

一応その詳細なディテールもあるのですが それらを書いてしまうと逆にチープな物になってしまう様で あえて省くしだいと致しました

生意気ですが一枚の絵を見る様な感覚でご拝読いただければ幸いでございます。

お付き合い有難うございました

~ししまいmk~





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profile
ししまいmk

      関西在住
   大人男子ホテル勤務25年
    →Taxiドライバー★
   妻と娘4人の6人家族
   ホテルという業種を離れ
     家族の大切さ
    そして愛おしさを
      あらためて
    感じる日々である
     ではごゆるりと

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