プロローグ
中国地方のとある地域では
業の深い人間が時折
突然姿を消す事がある
その様な事が起こると
年寄達は決まってこう言ったという
「黄泉路の門が開いたんだね」と・・
どこまでも赤茶けた空
半分開けた運転席の窓
腐臭のする粘着質の風が流れ込み
油の浮いた髪に
くすんだシャツに纏わりつく
確かに予兆はあった
そう 確か あの
カラス・・
あれで何か気付くべきだったか
いや 気付いたとしても恐らく
逃れる事は出来なかっただろう・・
予兆
朝 目覚めたのは6時
以前から決めていた
そしてとても楽しみにしていた
蕎麦屋に行く日
楽しみが過ぎたのか
目覚ましより2時間も早く起きてしまった
以前一度だけ行った事のあるその蕎麦屋は
ここから1時間半ほど車で走った
中国地方 涅槃高原の中腹にポツンとあり
週に二日しか営業しておらず
遠方からのお客も多く
蕎麦好きにはたまらない
隠れた名店である
少し早いがのんびりドライブも兼ねて
出発するとしよう
マンションを出発してほどなく
前方の横断歩道
渡りかけている老婆
「チッッ!」
思いっきりクラクションを鳴らす
「どけ!ババア 邪魔だ」
「早く クタバレ!」
驚いて固まっている老婆を横目に
目的地を目指す
それにしても 一人は楽だ
なにより自由だ
嫁はというと
2歳の子供を連れて出て行った
何故出て行ったのか理由はわからない・・
もしかすると毎晩飯が不味いと言って
皿を投げつけていた事か?
気に食わないからと
タバコの火を押し付けた事か?
それとも
ガキがうるさいので
ガムテープで口を塞いだ事か?
わからない・・
だが今はどうでもいい事だ
そうだドライブの前に
コンビニでアイスコーヒーでも買って行こう
左手のローソン
車をコンビニの駐車場につけたその時
ベ シ ャ リ
突然フロントガラスに
何か黒い物が落ちてきた
「な!なんだ」
それは真っ黒なカラス
よく見ると半分腐りかけている
車から降り
駐車場の隅に置いてあった掃除道具入れ
勝手に開け中にあったほうきを手に取ると
そのほうきの柄で払い落した
ドシャリと地面に落ちた死骸
「チッ」
ほうきを投げ捨て
アイスコーヒーを買いコンビニを後にする
うっすらと
カラスの後が付いたフロントガラス
空は灰色の雲でコーティングされている
そんな ドライブの 始まり
幽道 42号線
涅槃高原へ行くにはここから市街地を抜け
足切バイパスを通り県道16号線に入る
そこから10キロほど走って
山を二つほど越えた先にある
まもなく16号線に合流
「あれ!」
「チッ なんだ通行止めかよ
それにしても42号線なんてあったかな
まぁ仕方がない 時間には余裕がある」
県道42号線
信号も無い真っ直ぐな道が続く
しばらく走ると
前方道路上に何か見えてきた
小さく薄っすら見えているそれは
「なんだあれ・・鳥居か・・」
近ずくにつれ徐々にはっきり見えてくる
「大きいな」
それは 鳥居
この道を通行すると自然に鳥居をくぐる様に
道路を跨ぐその鳥居は
人が作れるのかと思う程
恐ろしく巨大
「嘘だろ 大きすぎないか・・」
ちょうどその鳥居の下をくぐった時
キィーンとかなり強い耳鳴りがした
鳥居を後にし真っ直ぐな道を進む
辺りには田園風景が広がっているが
作業をしている村民は誰もいない
ただ 案山子が多い
いや多すぎる・・
道を進むにつれ案山子の量が増え
気が付けば案山子に埋め尽くされた田んぼ
「なんだこの案山子の量は」
「これじゃ 農作業できないだろ・・」
しばらく行くと
前方にのぼりが見えてきた
「んっ 飯屋か?」
スピードを落とし その店を見ると
ボロい民家風の店
入り口には2メートル程の
大きな案山子が設置されている
その案山子は腹の部分が縦に裂かれ
中からなにか
ドロッとしたものが垂れ下がっていた
その横に数本立っているのぼり
それにはこう書いてある
食 事 処
名物 案山子の臓料理
目玉食べ放題 90分
「案山子の臓料理?聞いた事ないぞ」
そんな事を思いながらゆっくり通り過ぎる
バックミラーを見ると
店の前の案山子がこちらを向き
ユラユラと揺れていた
「何だかおかしいぞこの道」
男がつぶやく
さっきの店も変だし
一向に車一台すれ違わない
ちらほら民家はあるが人の気配が全く無く
しかも静か過ぎる
木々の揺れる音 鳥の声一つ聞こえない
ジワリと変な汗が出てきたその時
後方からなにやら
バリバリと音が聞こえる
「バイク?」
爆音を響かせバイクの集団が迫って来た
「暴走族か・・」
20台程のバイク集団が
車の横をゆっくり通り抜ける
丁度バイクが横に来た時目を向けると
乗っている者の頭が
頭が豚
他のバイクを確認すると
全員 身体は人間で頭が豚
「うぁ なんだこいつら!」
その中の一台が運転席の横に来て
ゆっくりこちらに振り向く
その豚頭の額には
なにか焼き印の様なもの
よく見ると
〈 焼 〉と押されている
かわるがわる車の横に来て
こちらを振り向く
それらの額にも焼き印が
〈 焼 〉 〈 煮 〉
〈 蒸 〉 〈 生 〉
「ウッ」思わず声をあげる
バリバリと爆音を響かせ
遠ざかる豚頭の集団を見ながら
「この道はヤバい 引き返そう」
そうつぶやいた時
後部座席から
「ダメだよ 戻れないよ」
ギクッとし後ろを見ると
後部座席には小学生くらいの少年
半袖半パン 頭には「広島カープ」の帽子
一瞬思考が止まる
「お前!誰だ いつからいる!」
顔を見ると100歳くらいの老人だ
しかも眼が
眼が糸の様な物でジグザグと雑に縫われ
両目とも塞がっていた
車を止めようとスピードを緩める
「降りちゃだめだよ」
「食べられちゃうよ」
ハッして外を見ると
今走っている車線以外 一面黒い海
コールタールの様な
真っ黒の液体が波打っている
そこでピチャピチャと跳ねまわっている
グロテスクな魚の群れ
魚の様だが口は人間の口だ
その人間の口からは
細かい歯がビッシリ見える
「ヒぃ!」と引きつった声を上げ
慌ててスピードを上げた
50キロ・・
60キロ・・
徐々にスピードが上がっていく
70キロ・・
80キロ・・
「なんだ!アクセルがおかしい」
ふと足元を見ると
小さな日本人形が数体固まり
俺の右足を凄い力で
アクセルぺダルと一緒に抑え込んでいる
スピードを緩めようにも全く動かない
全身からは嫌な汗が噴き出す
ヤ メ テ ク レ
90キロ・・
110キロ・・
ベシャ
フロントガラスに何かが当たる
ベシャ ベシャ
それは卵・・
ベシャ ベシャ ベシャ ベシャ
割れた卵の中からは
真っ赤なドロリとした何か
ベシャ ベシャ ベシャ
卵が割れる度にその赤い何かが飛び散り
フロントガラスを覆っていく
前が見えない!
130キロ・・
150キロ・・
ワイパーでぬぐい取ろうとレバーを押す
だが代わりに出てきたのは
恐ろしくやせ細った二本の腕
その二本の腕がまるで
ワイパーの様に左右に揺れ
指から伸びた鍵爪がガラスを引っかき
キーキーと嫌な音を立てる
180キロ・・
200キロ・・
もはや周りの景色は流星の様に流れ
視界が赤く染まっていく
タ ス ケ テ
意識が薄れていく中で
後ろから子供の声が聞こえた
「おじさん もっと飛ばしてよ」
エピローグ
どこまでも赤茶けた空
半分開けた運転席の窓
腐臭のする粘着質の風が流れ込み
油の浮いた髪に
くすんだシャツに纏わりつく
確かに予兆はあった
そう 確か あの
カラス・・
あの日から一体何日経ったのだろう
一週間・・いや半月・・
わからない
そう あの日から俺はずっと
この狂った世界で車を走らせている
足元には相変わらず
右足を押さえつける数体の日本人形
俺が暴れたせいで
何体かの頭が取れ 床に転がっている
そして自問自答の繰り返し
俺が何かしたのか?
俺は悪くない
お願いだ 誰か助けて欲しい
何でなんだ
だって俺は何も悪くないのに・・