タクシードライバーをしていると
しばしば切なくなる瞬間が
あ り ま す
それは様々な経験と知識を積み
人生の集大成ともいえる高齢期
その高齢者の中で稀に
「どういう人生を送って来たのだろう」
そう疑問に思うお客様もいまして
時に絶望にも似た悲しみに襲われます
今回はそんな高齢者にまつわる
エピソード2選
人生とは ①

会社無線で予約が入ったその場所は
薄暗い路地の入口
路地の中ほどには
今にも消えそうな街灯が一本
路地道の両脇を見ると
ここに人が住んでいるのかと
疑問に思う程のボロ屋が並んでいる
時刻は夜の11時
その場所でかれこれ10分も待機状態
そろそろ会社に連絡して
キャンセルしてもらおうと思った時
路地奥になにかモゾモゾ動く気配
よく目を凝らすと薄暗い中
人がいるようだ
どうやら老人っぽい
その老人らしき人がヨタヨタと歩いてくる
そして転ぶ
なんとか起き上がり
歩き出すがまた転ぶ
身体が悪いのか それとも酔っているのか
高齢で足腰が弱いのかはわからないが
少し歩き 転び 壁にもたれかかり
起き上がり また転んでいる
私は車内から出て
老人に近づき声をかけた
「転道さんですか?」
「おぉ~そうじゃそうじゃ」
少し酒くさい
そしてまたフラフラと起き上がるが
後ろ向きにゴロンとコケて
頭をゴツンと地面に打ち付けた
「あぁぁ~」
奇妙な声を出す
見ると何度かコケて擦りむいたのか
おでこと手のひらから血が滲んでいる
服装もボロボロで足元はサンダル
私はティッシュペーパーを渡し
衣類の砂を払い
手を貸して何とか車内へ入れる
嫌な予感しかしない
本音を言えば乗せたくない
「どちらまで行かれるんですか」
どこも行かないでと思いながら聞く
「昔行ったスナックに行きたいんじゃ」
「どこのスナックですか?」
「〇町やったような・・」
「〇町のどこですか?」
「わからん」
「もう10年以上前やからなぁ」
いやいやいやいや 無い
「運ちゃんにまかすわ」
任すなー!
「任されてもこまります」
「まかすから行って~や な~」
「無理です」
「なぁ~」
こんな押し問答がしばらく続く
埒が明かないので少し考え
「あそこのスナックビルかもしれませんね」
「あ~そこやそこや」
絶対違う!
も~しらん
「じゃ 行きますね」
顔には乾いた血がこびり付き
手は擦りむけたその老人を乗せ
恐らく違うだろうスナックへと向かい
タクシーは夜に滑り込む
到着
そこは5階建ての15店舗ほど入った
スナックビル
ほぼ自力で歩けない転道さんを支え
1階のエレベーター前まで運ぶ
料金は頂いた
エレベーター横の柱にお預けして
お別れをを告げる
「じゃ気をつけて行って下さいね」
「おぉ~すまんすまんの~」
心配を振り切るように車に戻り
ドアに手をかけたその時
後ろであの声が
「あぁぁぁぁぁ~」
振り返ると転道さんがまたコケている
立て!立つんだ!
頑張れ転道さん!
私の応援が届いたのか
横の柱にしがみついて起き上がった
よし!いいぞ転道さん!
そしてエレベーターのボタンを押せた!
パラダイスはすぐそこだ転道さん!
だが また転んだ
・・・・・・
私は後ろで聞こえる呻き声を背に
車内へ滑り込み
なんとも言えない気持ちのまま
私は帰路につく
そして考える
「幸せとは何だろうな」と・・
人生とは ②

ある夜の話
とある病院の
時間外入り口へと無線で予約が入る
少し冷え込んできた深夜1時
しばらく待っていると
出入口から小さなお爺ちゃんが出てきた
その老人は
恐らく何かアクシデントがあり
救急搬送されてきたのだろう
頭には包帯を巻き
その上から
ネットをかけられている
顔にはあちこち擦り傷
服はヨレヨレの作業着
歳は75歳ぐらいだろうか
「終様ですか?」
「ああ そうや」
終様が車に乗り込む
かなり酒くさい
「〇町まで行ってくれや」
「〇町ですね分かりました」
走り出すと後ろで携帯電話を取り出し
誰かと話ている
「あぁ~ママ!今病院出たわ」
「まさか店の入り口でコケるてな」
「で 今からまた行くんでね」
「えっ今日はやめときってか!」
「そんなん言わんと行きたいねん」
「えっ あかんの」
こんな包帯グルグルでフラフラで
そりゃ あかんでしょ!
「えっ金も無いやろって」
「ホンマやなじゃまた行くわ」
金が無い・・・
嫌な予感がする
それにしても酒臭い
しばらく走っていると
急に終様が怒鳴りだした
「おぃ!ここどこや!」
「えっ もうすぐ〇町ですよ」
「こんなとこ知らんぞ」
意味がわからん
「もう〇町に入りました」
「おまえ個人タクシーか!」
意味がわからん
「いえ 法人です」
「遠回りしてるやろ!」
「いや してませんし」
「もう着きました」
「2000円です」
「アホかワシぁ千円しかないぞ!」
嫌な予感はよく当たる
「病院から〇町までは千円では行けません」
「千円しか払わん」
「警察いきますか?」
「おう行けや行け!」
はぁ~ めんどくさ
「取りあえずここ〇町の郵便局前です」
「千円でいいので降りて下さい」
「あ~ここの郵便局な知っとる」
「でっワシの家どこじゃ」
なんだか私の中でプツリときた
「しっかりして下さいよ!」
大声で言う
なんだか悲しくなってきた
なぜならそのお客さんは
どことなく自分の親父に
顔が似ていたからだ
なんだか自分の親父が
情けない人になったようで
とても切なくて腹立たしい
「とりあえず千円おいて降りてくれ」
終さんは何かブツブツ言いながら
千円を出した
ドアを開けると
フラフラしながら車を降りる
そして辺りをキョロキョロしている
何だかモヤモヤと込み上げる
苛立たしい気持ちに押され
私は車から出て終さんに歩み寄った
「大丈夫ですか」
「あなたの家は知りませんが」
「気をつけて帰って下さいね」
と正面から見据え声をかける
「おう ありがとな」
と終さん
親父に
なんとなく似ているだけのお客
自分の親父な訳ではないが
似ているだけで感情は動く
大人として
しっかりして欲しい
そして
ちゃんと生きて欲しい
そんな事を思わずにはいられない
そんなある日の夜の出来事
